水彩絵具を測色計で測ってみた
こんにちは。研究開発室の山廣です。
今回のブログでは会社にある分光測色計を使って紙に塗った透明水彩絵の具の色を調べてみたという話をします。
私は少し前まで普段自分が使用しているsRGB色域のディスプレイで表現できなくて現実世界にはある色のことはあまり気にしていませんでした。
「広色域」という言葉を知って、「え、sRGBで表現できない色ってあるの!?」と思ったのが最初の感想です。
私のディスプレイもしかして狭すぎ。。。?(色域が)
分光測色計を使って調べていくと意外にも多く水彩絵の具でsRGB領域外の色があるということがわかりました。
今回は厳密な色再現を目的とはしていません。
紙に塗った水彩絵の具の色の値がsRGB色域をはみ出ているのかどうなのか大体わかればOKです。
次の画像は画材の発色剤入りの透明水性カラーインクを画用紙に塗ってスキャナーでスキャンしたものです。
複合機に付属のCISセンサーのスキャナーを使用しました。特にオレンジ~マゼンタ系の色において画像と実物の違いを感じます。
7A Moss Roseは実物よりも若干青寄りに
5A Scarletは実際はもっとオレンジ寄りの色でしたが赤に
3A Persimmonはもっと明るいピンクがかった色でしたが、赤寄りに
9A True blueはもっと暗い青でしたが鮮やかな青になり
11A Grass Greenも実物よりも鮮やか
12A Juniper Greenは色がくすみました。
ちなみに今回は使用していませんが白色LED光源でCCDスキャナーの方が水彩絵の具スキャンの色再現の評判が良いようです。
会社に分光測色計があったのでこの紙に塗られた絵具の色はどんなものなのか測定してみることにしました。
使用した分光測色計はX-Rite社のColorMunki Photoという製品です。
パソコンにUSBケーブル経由で接続した状態でボタンをポチっと押すと測定結果がパソコンに送られます。
底面を見ると直径8mm程度の大きさの穴が開いています。
機材に内蔵の光源により穴の中から測りたい対象である紙に光が照らされます。
ColorMunki Photoの詳細な仕様は見つかりませんでしたが、一般的な分光測色計では内側に硫酸バリウムを塗った積分球に反射された拡散光が利用されます。
以下の表は紙に塗ったDr Martins の発色剤入りカラーインクを紙に塗ったものを測定して分光測色計に専属のソフトに出た数値を記載したものです。
色番号 | Lab | sRGB | 色 |
---|---|---|---|
1A LEMMON YELLOW | 85.4,0.5,73.8 | 245,204,52 | . |
2A ORANGE | 68.8,40.7,76.7 | 247,128,0 | . |
3A PERSIMMON | 64.2,60.4,45.3 | 251,96,85 | . |
4A ALPIN ROSE | 44,70.8,22.2 | 190,24,77 | . |
5A SCARLET | 56.1,63.9,35.1 | 225,73,82 | . |
6A CHERRY RED | 49,64,-13.3 | 188,69,144 | . |
7A MOSS ROSE | 47.3,77.1,-9.2 | 200,32,135 | . |
8A TURQUOISE BLUE | 37.1,16.7,-45.3 | 0,111,156 | . |
9A TRUE BLUE | 31,9.6,-56.3 | 0,87,161 | . |
10A VIOLET | 45.4,48.7,-48.1 | 139,87,193 | . |
11A GRASS GREEN | 73,-29.4,55.4 | 162,186,66 | . |
12A JUNIPER GREEN | 51.9,-35,-36.4 | 0,152,181 | . |
13A SADDLE BROWN | 45.9,45.5,27.4 | 173,71,68 | . |
14A BLACK | 24.5,3.9,-0.8 | 63,57,60 | . |
次にホルベイン社の透明水彩絵の具セットも調べてみました。
スキャンした画像と実物を比較してみると黄緑(W066パーマネントグリーン)が若干実際よりも鮮やかに感じます。
色番号 | Lab | sRGB | 色 |
---|---|---|---|
W010 | 24.1,55.9,34.3 | 116,0,8 | . |
W012 | 41.7,68.5,29.5 | 183,14,60 | . |
W019 | 64.6,54.1,54.4 | 244,106,64 | . |
W032 | 85.9,15.3,31.6 | 255,198,157 | . |
W035 | 91.3,-9.6,82.8 | 250,226,29 | . |
W037 | 83.1,18.9,92.5 | 255,179,0 | . |
W034 | 78.3,14.9,51.8 | 240,175,96 | . |
W066 | 78.4,-40.2,50 | 156,208,89 | . |
W067 | 57.6,-47.7,38.4 | 82,154,63 | . |
W061 | 48.7,-56.5,8.9 | 0,140,92 | . |
W096 | 61.3,-22.2,-26.9 | 47,169,191 | . |
W091 | 56,-4.7,-33.2 | 84,147,191 | . |
W097 | 57,-3.9,-21.8 | 110,144,175 | . |
W112 | 34.7,31.7,-27.1 | 108,66,130 | . |
W134 | 51.6,36.3,39.6 | 182,93,57 | . |
W133 | 44.7,2.2,26.3 | 144,89,63 | . |
W138 | 33.5,1.7,4 | 82,78,73 | . |
次に青緑系の色に特にsRGB領域からはみ出る色があるのではないかと思い、更に追加で測定しました。
スキャンした画像と実物を比較するに、コバルトグリーンの色は実物よりも黄緑寄りに、
マリンブルーは実物より若干緑寄りになりました。
色番号 | Lab | sRGB | 色 |
---|---|---|---|
W063 コバルトグリーン | 55.9,-49.2,-5 | 0,160,135 | . |
W106 コバルトターコイズライト | 68.6,-36.8,-26.3 | 0,193,211 | . |
W097 プルシャンブルー | 39.2,-6.6,-38.2 | 2,105,155 | . |
W102 マリンブルー | 52.7,-35.2,-27.4 | 0,153,167 | . |
スキャナーの設定も色々変えて試してみましたが、今回の実験では特にマゼンタ・シアン系の色が色相のブレやすい印象を受けました。
取得できたLab値を元にD65光源という想定でXYZ色空間を経由してsRGB色空間まで変換計算したものをマッピングしてみます。
色のついたキューブの太い線の内側がsRGB色空間です。
Lab色空間からsRGB色空間まで変換するにはいくつか手順を踏みます。
大まかな流れとしては
Lab色空間→XYZ色空間→線形sRGB色空間→sRGB色空間
という手順で変換していきます。
まずLab色空間からXYZ色空間へ変換します。
変換式はWikipediaのLab色空間のページのものを使用しました。https://ja.wikipedia.org/wiki/Lab%E8%89%B2%E7%A9%BA%E9%96%93#CIE_XYZ_%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%A4%89%E6%8F%9B
次にXYZ色空間から線形sRGB色空間への変換を変換行列を使って行います。
光源条件がD65かD50かによって使用する変換行列が異なります。Bruce Lindloom.comの行列の数値を使用しました。
http://www.brucelindbloom.com/index.html?Eqn_RGB_XYZ_Matrix.html
線形sRGB色空間からsRGB色空間への変換(いわゆるガンマ変換)はWikipediaのsRGBのページ(英語)の情報を元に行いました。
https://en.wikipedia.org/wiki/SRGB#From_CIE_XYZ_to_sRGB
同じ測色データをXYZ色空間からxy色度図上にマッピングしたものが以下の図になります。
外側の太い曲線がスペクトル軌跡で、この曲線の領域内は人間が知覚できる色とされています。
内側の細い線の三角形がsRGB領域になります。
思いのほか紙に塗られた透明水彩でsRGBで表現できない色が結構存在するという結果になりました。
今回は白地の紙に塗ったせいなのか、黄色い絵具はスキャンした画像と実物との色の違いをあまり感じませんでしたが、Lab値からsRGBまで変換してみると黄色もはみ出していることが興味深いです。
現実世界で紙に透明水彩で塗った時の独特なワクワク感の一つの要因として色の豊かさがあるのではないかと思います。
色空間についてもっと詳しく知りたくなった方は是非とも弊社のCEDEC発表資料をご参照ください。
実践的なHDR出力対応~レンダリングパイプラインの構築~
https://www.siliconstudio.co.jp/rd/presentations/#CEDEC_KYUSHU2017
本記事の執筆にあたってポリフォニーデジタル社 内村様の資料も大いに参考にさせて頂きました。
ゲームのための色彩工学
https://www.slideshare.net/nikuque/color-science-for-gamesjp
CEDECといえば、来月開催される2023年のCEDECでは弊社研究開発室メンバー2名が登壇します。
住宅プレゼンテーションのグローバルイルミネーションをディープラーニングでリアルタイムに推定!
https://cedec.cesa.or.jp/2023/session/detail/s642a0e1d33ec4
Procedural PLATEAU: プロシージャル技術と3D都市モデル「Project PLATEAU」を組み合わせたファサード自動生成とテクスチャ付き3Dモデル自動生成の取り組み
https://cedec.cesa.or.jp/2023/session/detail/s64251a3da4dbf
本記事をきっかけにシリコンスタジオに興味を持って頂いた方でCEDEC2023に参加されるご予定の方は是非ともご視聴下さい!
その他参考文献
篠田 博之、藤枝 一郎「色彩工学入門」
https://amzn.asia/d/82OJK5p